ネパール ルンビニプロジェクト

  

ルンビニプライマリーへルスセンター 服薬する女性

 ネパールルンビニプロジェクトは、結核予防会本部とネパール結核予防会(以下NATA)の結核対策共同モデルプロジェクトとして、インド国境にほど近いルパンデヒ郡内のルンビニヘルスセンター(以下ルンビニHC)に、カルマハワとスリプラ両ヘルスポスト(以下HP)を加えた、国の保健施設3ヵ所で実施されています。NGOであるNATAのルパンデヒ支部が調整の役割を担い、現場ではプロジェクトで雇い上げた検査技師1名、DOTSコーディネーター1名、ホームビジター4名が国の結核治療活動を支えています。このプロジェクトは1993年より開始され、1996年からは国の方針に合わせてDOTSも導入されています。

ロジェクトが目指すもの

   このプロジェクトでは、国の結核対策の目標(WHOの掲げる目標でもあります)「新たに発見された塗抹陽性結核患者の85%を治す」を設定しています。この目標は途上国では実現困難なことですが、実現すればこの経験をモデルとして活かし、他の場所でも成果を上げることが期待できます。

ロジェクトがはじめられたきっかけ

   「複十字シール募金の益金を、国際協力事業により有効に活用したい。」というのが理由です。そのためには、結核予防会が益金を利用して、結核に苦しむ多くの人々を抱える途上国において協力プロジェクトを実施することが適当と考えられました。しかし、それまではJICA(国際協力事業団)が途上国で実施する国レベルの事業を、予防会の事業所である結核研究所が支援するというのが主な協力の形でした。そこで、新たに現地の結核予防会と協力してNGOレベルで行う事業を設けることが企画され、実施国にはネパールが選ばれました。

ルンビニが選ばれた理由

     結核予防会の総裁であった故秩父宮妃殿下が唯一訪問された途上国がネパールであったこと、JICA事業を通じて緊密な関係がネパールとの間に築かれていたこと等が考慮され、ネパールでの実施が決まりました。また、ルンビニ地区が選ばれたのは、釈迦誕生の地で日本人になじみが深いこと、また当時この地区では国の結核対策プログラムが実施されていなかったため、ルンビニプロジェクトならではの独自性を生かせることも考慮されました。

ヘルスセンターの活動

   国の保健施設であるルンビニプライマリーヘルスセンターと、その管轄下の2つのヘルスポストにおいて、DOTSを導入した結核患者の治療を行っています。ヘルスセンターで受診した患者は、喀痰塗抹検査の後、医師に結核と診断されると、3ヵ所のうち通いやすい所で治療を始めます。例えば、喀痰塗抹陽性の新患者の場合、初めの2ヶ月は毎日通ってヘルスワーカーの目の前で服薬し、順調にいけば後の6ヶ月は自宅で服薬して完治します。指定の時期に来所しない場合は、指導訪問員(ホームビジター)が連絡をとり、確実に服薬させ治療に導きます。治療経過などは全て所定の様式で記録され、国の担当者が4ヶ月ごとに集計して、地域ごとに問題点が協議され、最終的には国に報告されることになっています。

薬剤の配布(ルンビニPHC)

プロジェクトの経緯と成果

   ルンビニプロジェクトは、国からの薬の支給が滞る中、おんぼろ小屋のようなルンビニへルスポストで始まりました。国の結核対策は整備段階で、ここではまだ実施されていませんでした。小屋を塗りなおし、薬を購入し、プロジェクト調整員やホームビジターを育成し、処方や記録には国の方式を取り入れました。やがて、国の結核対策も徐々に各地で実施され、ルンビニでも薬が支給されるようになってきました。そして、約3年後にはプロジェクトの実績が認められたこともあり、国はヘルスポストを人口10万人を管轄するプライマリーへルスセンターに昇格させ、常駐の医師が配属され、塗抹検査も行われるようになりました。また、国の方式に倣いDOTS戦略を採用し、DOTS治療センターとして位置付けられ、DOTS治療サブセンターとして2ヶ所のヘルスポストを管轄することになりました。プロジェクトの治療成功率(塗沫陽性新患)は74%(初めの3年間)から91.5%(2000年〜2001年)に上がり、目標値の85%を達成しています。

ルンビニプロジェクトの今後

   国と地域との協力を深めたプロジェクトが成果を上げ、やがてはルンビニに国の結核医療が根ざして、私たちの支援が必要なくなる日を期待しています。また、プロジェクトの独自性を大切にして、その経験をより多くのネパールの人々のために活かせるよう努力していきたいと考えています。

 

治療成績     

 

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  1993年(平成5年) プロジェクト報告

  1997年(平成9年) 秋篠宮両殿下御訪問

  1997年(平成9年) これまでの結果報告

  1998年(平成10年) 技術評価報告

  1999年(平成11年) 技術評価報告

  2000年(平成12年) ホームビジターとともに


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